頚椎症性脊髄症とは?症状の進行は早い?原因や手術・薬物による治療法を解説
指先の些細な変化や、何もない場所でつまずくなどの症状は、首の骨の変形が原因で起こる「頚椎症性脊髄症」の可能性があります。頚椎症性脊髄症は、主に加齢によって首の骨が変形し、神経の重要な通り道である脊髄を圧迫することで発症します。
日本人は欧米人よりもともと脊柱管が狭い傾向にあるとされ、注意が必要な疾患です。症状はゆっくり進行するため気づきにくいですが、放置すれば歩行が困難になるなど、生活に深刻な影響を及ぼす可能性があります。
この記事では、頚椎症性脊髄症の詳しい原因や症状の進行、手術や薬物による治療法までを専門的に解説します。ご自身の状態と照らし合わせ、適切な対処法を知るための一歩としてください。
当院では、頚椎症性脊髄症をはじめとした整形外科疾患に対し、丁寧な診察とわかりやすい説明を心がけています。不安な症状がある方も安心してご相談いただけるよう、以下の記事で診察の流れや受付方法を詳しくまとめています。
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記事監修:川口 慎治
大室整形外科 脊椎・関節クリニック 医師
経歴:
徳島大学医学部卒業後、洛和会音羽病院に勤務
京都大学医学部整形外科学教室入局
学研都市病院脊椎脊髄センター勤務
2023年より 大室整形外科 脊椎・関節クリニック勤務
専門分野:脊椎・脊髄外科
資格:
日本専門医機構認定 整形外科専門医
日本整形外科学会認定 脊椎脊髄病医
日本脊椎脊髄病学会認定 脊椎脊髄外科指導医
日本脊椎脊髄病学会認定 脊椎脊髄外科専門医
頚椎症性脊髄症の原因
頚椎症性脊髄症の原因について、以下の2つを解説します。
- 脊髄が圧迫されることで起こる神経障害
- 加齢や姿勢の影響による頚椎の変形
脊髄が圧迫されることで起こる神経障害
頚椎症性脊髄症は、首の骨の中を通る大切な神経の束である「脊髄(せきずい)」が圧迫されて発症します。脊髄は、体全体の情報伝達を担う存在です。脳からの命令を手足に伝えたり、手足からの感覚(熱さや冷たさなど)を脳に届けたりします。
脊髄は「脊柱管(せきちゅうかん)」と呼ばれる骨のトンネルの中を通って守られています。何らかの原因で脊柱管が狭くなると、中の脊髄が圧迫されてしまい、神経の働きに障害が出てしまいます。脊柱管が狭くなる主な原因は、以下のとおりです。
- 骨棘(こつきょく)を形成し(骨が変形してトゲのようになる)、脊髄の通り道を狭くする
- 骨と骨の間でクッションの役割をする椎間板(ついかんばん)が後ろに膨らんで脊髄を圧迫する
- 骨と骨をつなぐ靭帯(じんたい)が加齢などの影響で分厚くなり、脊髄のスペースを狭める
これらの変化が1つ、あるいは複数重なることで脊髄が圧迫され、手足のしびれや動かしにくいなどの症状が現れます。
首の神経を圧迫する病気には頸椎症性脊髄症のほかに、椎間板が突出することで症状を起こす「頸椎椎間板ヘルニア」もあります。どちらも首や肩の痛み、手足のしびれを伴うことがありますが、原因や治療法は異なります。以下の記事では、頸椎椎間板ヘルニアの症状・原因・治療法を解説しています。
>>【首や肩の痛みは要注意】頸椎椎間板ヘルニアの症状・原因・治療法を解説
加齢や姿勢の影響による頚椎の変形
首の骨は、加齢とともに少しずつ変化し、脊髄を圧迫しやすくなります。椎間板や骨、靭帯が年齢とともに劣化したり厚くなったりすることが主な原因です。椎間板の水分が減って弾力が低下して外側にはみ出しやすくなり、脊髄を圧迫します。
首の骨を支えようとすることで、頚椎は変形し脊髄への負担が増えることがあります。頭を前に突き出すような姿勢を続けていると、首への負担が大きくなり、頚椎の変形を早めてしまう可能性があります。
成人の頭の重さは約5kgとされ、ある研究では首を30度傾けると頚椎に約18kgもの負荷がかかる可能性が示されています。日常的な負担の積み重ねが頚椎の変性を加速させ、頚椎症性脊髄症の発症につながることがあります。
頚椎症性脊髄症の主な症状
頚椎症性脊髄症の主な症状について、次の5つを解説します。
- 感覚障害(手足のしびれや感覚の鈍さ)
- 巧緻運動障害(ボタンがかけにくい・字が書きにくい)
- 歩行障害やふらつき(階段が怖い、足がもつれる)
- 排尿・排便障害
- 似た症状が出る疾患との違い(頚椎椎間板ヘルニア・脳卒中など)
感覚障害(手足のしびれや感覚の鈍さ)
手足のしびれは、頚椎症性脊髄症で多くみられる初期症状の一つです。脊髄が圧迫され、手足と脳をつなぐ感覚の神経がうまく働かなくなるために起こります。最初は手の指先がジンジン、ピリピリとしびれることから始まることが多いです。症状は徐々に腕や足へと広がっていきます。感覚が鈍い感じがすることもあります。
症状の具体例には以下が挙げられます。
- 手足がジンジン、ピリピリとしびれる
- 物に触れた感覚が鈍い
- お湯や水の温度を感じにくい
- 小銭の種類が指先の感覚でわかりにくい
最初は片方の手から始まることもありますが、進行すると両手足に症状が現れます。しびれが常に続く場合や、首を動かす角度によって強弱が変わる場合もあります。単なる血行不良や疲れと考えず、長引く場合は専門医への相談が重要です。
巧緻運動障害(ボタンがかけにくい・字が書きにくい)
「巧緻運動障害(こうちうんどうしょうがい)」は、指先の細かい、巧みな動きがしにくくなる状態を指します。脳から手へ「動かせ」という命令を送る神経が、圧迫された脊髄で妨げられることで起こります。感覚のしびれと同時に、あるいは少し遅れて現れることが多い症状です。
巧緻運動障害の症状には以下が挙げられます。
- シャツのボタンをかけたり、外したりするのに時間がかかる
- 箸がうまく使えず、食べ物をよくこぼしてしまう
- きれいに字が書けなくなり、ミミズが這ったようになる
- 財布から小銭をスムーズに取り出せない
- 針に糸を通すような細かい作業ができない
ご自身で簡単に確認できる「10秒テスト(グーパーテスト)」があります。両手を胸の前に出し、できるだけ速く、力強くグーとパーを10秒間繰り返します。年齢にもよりますが10秒テストの回数が20回未満の場合、巧緻運動障害の可能性が考えられます。
歩行障害やふらつき(階段が怖い、足がもつれる)
病状が進むと、足の動きをコントロールする神経にも影響し、歩きにくさやバランス感覚の低下などの歩行障害が現れます。ご自身では気づきにくく、ご家族に「歩き方がおかしい」と指摘されて初めて自覚する方も多いです。足が自分の思い通りに動かせない、もどかしい感覚を伴います。
歩行障害の具体例は以下に挙げられます。
- 足がもつれて、何もない平らな場所でつまずきやすくなった
- 歩くスピードが遅くなり、横断歩道を渡りきるのが不安
- 階段、特に下りるのが怖くなり、手すりが欠かせない
- 足が棒のように突っ張ってしまい、スムーズに前に出ない
ぎこちない歩き方を「痙性歩行(けいせいほこう)」と呼びます。歩行障害は転倒のリスクを高める危険なサインです。骨折などの大きなケガにつながる前に、適切な対応をとることが大切です。
排尿・排便障害
頚椎症性脊髄症がさらに重症化した場合に現れる症状です。排尿や排便をコントロールする自律神経の働きが、脊髄の圧迫によって障害されることで起こります。排便・排尿障害は、生活の質(QOL)を大きく低下させる深刻な問題です。泌尿器科の病気と思われがちですが、首の神経圧迫が根本原因のこともあります。
排尿・排便障害の具体例には以下が挙げられます。
- トイレに行く回数が増える(頻尿)
- 急に強い尿意を感じ、トイレまで我慢できない
- 尿の勢いが弱く、出し切った感じがしない(残尿感)
- 自分の意思と関係なく尿が漏れてしまう
- 頑固な便秘に悩まされる
手足のしびれや歩きにくさに加えて、排尿・排便の異常を感じたら、症状が進行しているサインです。脊椎を専門とする整形外科を受診してください。
似た症状が出る疾患との違い(頚椎椎間板ヘルニア・脳卒中など)
頚椎症性脊髄症と似た症状を示す病気はいくつかあります。特に、しびれや歩行障害は他の疾患とも共通するため、症状だけで見分けるのは難しい場合があります。以下に、代表的な疾患との違いを整理しました。
| 病名 | 主な原因 | 症状の主な特徴 |
| 頚椎症性脊髄症 | 首の骨の変形による脊髄(太い神経の幹)の圧迫 | ・両方の手足に症状が出やすい ・ボタンがかけにくいなど指先の動きが困難 ・階段の下りが怖い ・数か月~数年かけてゆっくり進行する |
| ・頚椎椎間板ヘルニア ・頚椎症性神経根症 |
椎間板などによる神経根(枝分かれした神経)の圧迫 | ・主に片方の腕や手の激しい痛みやしびれ ・首を特定の方向に動かすと症状が悪化する |
| 脳卒中 (脳梗塞・脳出血) |
脳の血管のトラブル | ・突然、発症する ・体の片側の手足に麻痺が生じる ・ろれつが回らない ・激しい頭痛などを伴う |
| パーキンソン病 | 脳の神経細胞の異常 | ・安静にしているときに手が震える ・すべての動作がゆっくりになる ・筋肉がこわばり、表情が乏しくなる |
頸椎椎間板ヘルニアや頸椎症性神経根症は、しびれの出方や痛みの特徴が脊髄症と異なるため、区別して理解しておくと安心です。以下の記事では、頸椎症性神経根症の症状と特徴を詳しく解説しています。
>>頸椎椎間板ヘルニアの症状と治療法!首に負担をかける生活習慣や対策を解説
>>頸椎症性神経根症とは?症状の特徴や原因、治療法を解説
頚椎症性脊髄症の症状の進行スピード:ゆっくり悪化するケースが多い
頚椎症性脊髄症の症状は、多くの場合長い時間をかけて進行します。頚椎症性脊髄症は緩徐かつ潜行性に進行する特徴があり、進行速度には個人差があります。ご自身では変化に気づきにくく、症状が悪化してから受診される方も少なくありません。
症状の進み方には個人差がありますが、主に次の3つのパターンがあります。
- 徐々に進行するパターン:手足の症状が少しずつ悪化
- 階段状に進行するパターン:症状が比較的落ち着いている時期と悪化する時期を繰り返す
- 急激に悪化するパターン:首に衝撃が加わったことをきっかけに手足の麻痺が急激に悪化
頚椎症性脊髄症で最も注意すべき点は、一度傷ついてしまった脊髄の神経は、完全に元の状態に戻ることが難しい場合があることです。症状が進行してから治療を始めても、後遺症が残ってしまう可能性が高くなります。少しでもおかしいと感じる症状があれば、できるだけ早く専門医に相談しましょう。
頚椎症性脊髄症の治療法の選択肢
頚椎症性脊髄症の治療法の選択肢について、以下の4つを解説します。
- 保存療法(薬物療法・リハビリテーション・装具療法)
- 手術療法(椎弓形成術・前方除圧固定術)
- 手術を検討すべきタイミング
- 手術のメリット・デメリット
保存療法(薬物療法・リハビリテーション・装具療法)
症状が比較的軽い場合や、すぐに手術を受けることに抵抗がある場合には、まず保存療法から治療を開始するのが一般的です。保存療法は、病気の根本原因を取り除くのではなく、症状を和らげ日常生活の質を維持することを目的としています。保存療法について、以下の表にまとめました。
| 治療法 | 内容 | 目的・効果 | 注意点 |
| 薬物療法 | 痛みや痺れを抑えるために薬を使用 ・非ステロイド性抗炎症薬 ・ビタミンB12 ・神経障害性疼痛治療薬 |
症状を緩和する(対症療法) | 脊髄の圧迫という根本的な原因を治すものではない |
| リハビリテーション | 運動やストレッチを行う | 症状の軽減を目指す | 専門家の指導のもとで安全に行う |
| 装具療法 | 頚椎カラーを首に装着する | 脊髄への物理的な負担を軽くする | 長期間の使用は首の筋力を低下させる可能性もある |
手術療法(椎弓形成術・前方除圧固定術)
保存療法を続けても症状の改善が見られない場合や、歩行障害や手足の麻痺が進行している場合には、手術療法が検討されます。手術の目的は、症状の根本原因である「脊髄への圧迫」を物理的に取り除くこと(除圧)です。神経の通り道を広げ悪化を防ぎ、症状の改善を目指すための治療法です。
手術の方法は、首のどこから神経にアプローチするかによって、大きく2つの方法に分けられます。
| 手術方法 | アプローチの方向 | 主な対象となる方 |
| 椎弓形成術(ついきゅうけいせいじゅつ) | 首の後ろから | 複数の場所にわたって圧迫がある方 |
| 前方除圧固定術(ぜんぽうじょあつこていじゅつ) | 首の前から | 圧迫されている範囲が1〜2か所に限られている方 |
どちらの手術方法が適切かは、MRIなどの画像検査で圧迫されている場所や範囲、首の骨の形などを詳しく評価し、専門医が慎重に判断します。
手術を検討すべきタイミング
手術を検討するタイミングは、症状が日常生活にどの程度深刻な影響をおよぼしているかが、重要な判断基準となります。ご自身の状態を客観的に見つめ直すために、以下のチェックリストを確認してみてください。
- 箸がうまく使えず、食事中に食べ物をこぼしてしまう
- 字が乱れてしまい、以前のようにきれいに書けない
- シャツのボタンをかけるのに、時間がかかりイライラする
- 何もない平らな場所で、足がもつれてつまずきやすくなった
- 階段、特に下りるのが怖く、手すりがなければ不安で降りられない
- トイレが近くなったり、尿が出にくくなったりしてきた
特に、指先の細かい動きが難しくなる「巧緻運動障害」や、歩きにくくなる「歩行障害」は、脊髄の圧迫がかなり進んでいることを示す危険なサインです。症状が明らかな場合や、転倒のリスクが高いと判断される場合は注意が必要です。神経のダメージが回復不可能なレベルになる前に、手術が検討されることがあります。
手術のメリット・デメリット
手術のメリットの一つとして、脊髄への圧迫を取り除くことで病気の進行を抑制できる可能性があることがあります。手足のしびれや痛み、歩きにくさなどの症状が改善し、日常生活の動作が楽になることが期待されます。転倒のリスクが減り、趣味や仕事への復帰など、より質の高い生活を送れる可能性があります。
「神経可塑性(しんけいかそせい)」は、傷ついた神経の代わりに脳が新しい神経のネットワークを作り、機能を補おうとする働きのことです。近年の研究では、手術で圧迫が取り除かれた後、神経可塑性が機能回復に関わっている可能性が示唆されています。
手術のデメリットは、以下のとおりです。
- 全身麻酔に伴う体への負担
- 傷口からの感染
- 深部静脈血栓症(エコノミークラス症候群)
- 神経の損傷による一時的な症状の悪化
- 手術部位の血腫
- 声のかすれや飲み込みにくさ(前方手術の場合)
多くは一時的なもので、時間とともに回復することがほとんどです。手術を受けるかどうかは、医師から十分な説明を受けたうえで、ご自身とご家族が納得して決めることが何よりも大切です。
まとめ
頚椎症性脊髄症で大切なのは、一度傷ついた神経は元に戻りにくいという点です。放置してしまうと、しびれや歩行障害が後遺症として残る可能性があります。「ボタンがかけにくい」「階段を下りるのが怖い」などのサインは、脊髄が助けを求めている危険なサインの可能性があります。
自己判断せず、気になる症状があれば早めに整形外科の専門医へ相談してください。早期の診断と治療が、これからの生活を守るための重要な一歩となります。
当院(大室整形外科 脊椎・関節クリニック)では、手の使いにくさや歩きにくさ、両手のしびれなど、頚椎症性脊髄症が疑われる症状に対して、専門医が丁寧に相談に応じます。気になる症状がある方は、一度ご相談ください。
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参考文献
- Fares J, Fares MY, Fares Y. Musculoskeletal neck pain in children and adolescents: Risk factors and complications. Surgical Neurology International, 2017, 8, p.72
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